ペルーの旅・12日目 No.2

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話には聞いていたが、まず、ホテルに着くと、コカ茶を淹れてくれた。コカ茶は日本でもカナダでもアメリカでもイギリスでも、輸入禁止、持ち込み禁止らしいが、ペルーでは、高地にある5つ星のホテルでも、ごく普通に淹れてくれる。タルマのマーケットでは大きな袋(ほんとにゴミ袋くらいの大きさ)いっぱいでいくら、と葉っぱを売っていたし(これはそのままマグカップに入れて、その上に熱湯を注いで飲む)、普通の店でも、コカのティーバッグは3種類ほど売っていた。ここ、クスコのお店では手ごろな大きさの袋に入ったコカの葉も売っていた。ほかに、コカ・キャンデーもあった。

コカ茶の飲み方としては、そのまま、葉っぱ数枚を入れたカップに熱湯を注ぐものから、冷やして、ミントの葉を入れるもの、レモングラスを入れるものなどもあった。マチュピチュの5つ星のホテルで出してくれたコカ茶+レモングラスにほんのり甘みを加え、冷やした飲み物は、ほんとにおいしくて、何杯もおかわりしたくらいだ。

写真は、マチュピチュプエブロホテル(ここは3つ星ホテル)にて。ホテル内のラン園ツアーのあと、冷やしたコカ茶にたっぷりミントを入れて供してくれた。

ペルーへの旅・12日目 No.1

翌朝、早起きし、タクシーで空港へ。そして、ラン航空の飛行機でクスコに向かう。クスコまでは1時間10分ほどのフライト。窓から、地上に広がる6000m級の山脈を楽しんだ。

最近のイギリス国内便やヨーロッパ便では、無料の機内食は出ないようになってきている。それが、ここでは出たので感激。初めて黄色いインカコーラを注文。うーん。同じコーラという名前はついているものの、コカコーラとは全く味が違う。わたしには甘い色水のように思え、あまり好きにはなれなかった。

ペルーへの旅・11日目 No.12

リマに着いてから、マノロのお母さんに花束を買って、マノロの豪邸に戻った。わたしたちが戻ってくるのに合わせて、コロンビアから戻ってくるよと言っていたマノロは、残念ながら、仕事先のコロンビアから帰ってきていなかったので、夕食は、マノロのお母さんと妹さん、サウルと一緒にご馳走になった。

食事が終わってから、お酒の話になる。ピスコサワーを飲んだかと聞かれ、飲んでいないと答えると、じゃ、早速作ってあげましょうと、お母さん自らキッチンに入って行った。(ほんとうはお手伝いさんがいるのです。)待っていると、なんだかとても大掛かりな音が聞こえてきた。

出てきたのは、白いお酒。ピスコというのは、アルコール度40%くらいの、白ぶどうでできた蒸留酒だそうだ。それを、レモン汁、卵の白身、ガムシロップ(か、砂糖)と氷をいっしょに、ミキサーにかけたものが、ピスコサワーというカクテルなのだ。

わたしはお酒に強くないので、あまり飲めなかったが、これはとってもおいしかった。このあと、クスコ、マチュピチュでは、あちこちに「ピスコサワー」のメニューが出ていた。

ペルーへの旅・11日目 No.11

ラオロヤからリマに向かう道路は国道20号線だ。これは幹線道路で、大型バスも通れば、一般乗用車も通る。大型トラックも通れば、タクシーも通る。それがみんな片側1車線のこの国道を利用するのだ。

しかも、この道はフニンあたりの平原を行く道ではない。4800mのアンデス高地から海に面したリマまでを結ぶ道だ。山岳地帯はカーブが多い。勾配も急だ。当然、大型車の運転はゆっくりになる。その後ろについた普通車は、その大型車を追い越したくなる。

そこに登場するのがパトカーだ。

ペルーのパトカーはおもしろい。タルマ、ワサワシ、サンラモン、パルカあたりをタクシーで通ったときに、何度かパトカーに止められた。一瞬、パスポートを見せろとでも言われるのかと、どきっとしたが、確認するのは、わたしたちのパスポートではなく、運転手の免許証だった。そして、何かと賄賂を渡す場面が登場するらしい。セサもサウルも笑って、そう言っていた。 

そういえば、ペルーでは、賄賂を悪いことだとは考えていないと、何かで読んだ気がする。

話が脱線した。この国道では、山岳地帯を通過するときに、普通車が大型車を追い越したくなる場面が数多くある。当然、カーブの場所が多い。カーブだから見通しはきかないし、危険だからと、道路に追い越し禁止のマーキングはある。それでも追い越したくなるものらしい。

あるとき、セサも前を行く大型トラックを追い越そうとした。場所はカーブの手前。追い越しをかけようと、車を中央のラインから半分ほど出したときに、サウルが、待った!をかけた。あわててセサは車を元の車線に戻す。対向車は来なかった。なんだ、行けたか…と、そう思ったときに、前に現れたのは、なんとパトカーだった。カーブを越えたところで見張っていたのだ。

まずは免許証を確認。それからセサは車の外に呼び出された。「いやあ、なんとかなるよ」と、小銭を持って出て行ったが、なかなか戻ってこない。これはまずいことになったのかな…と心配し始めた頃、戻ってきた。

何があったのかはわからないが、別に賄賂を渡すこともなく、免停になるということもなかったそうだ。きっと、車体を半分、対向車線側に出したものの、実際には追い越さなかったからだろう。その後、セサの運転が慎重になったのは、言うまでもない。そのあとも何度かパトカーが隠れているのを見たから、あそこでお灸をすえられたのは、きっとよかったことに違いない。